アタカマ砂漠
アタカマ砂漠
地球の裏側、南米チリへ
今から約15年前。
私は仕事で、南米チリのアタカマ砂漠へ何度も足を運んでいました。
アタカマ砂漠――。
アンデス山脈の北側に広がる、世界でも有数の乾燥地帯です。
日本から見れば、まさに地球の裏側。
飛行機から初めてアタカマの大地を見たとき、私は思わず息をのみました。
赤茶けた大地がどこまでも続いている。
そして夕暮れになると、その大地が赤、黄色、ピンクの光に染まっていく。
「まるで別の惑星だ……」
そんなことを思いながら、私は窓の外を眺めていました。
これから自分が、この大地で仕事をする。
そう思うと、胸が躍りました。
標高5,000メートルでの仕事
私たちの仕事場は、標高5,000メートルほどの高地。
宿舎でさえ約3,000メートルです。
望遠鏡の修理では、外国人エンジニアとペアを組んで作業をしていました。
相棒はメカニカルエンジニア。
私は電気・システムエンジニアとして、電気系統や制御、システム関係を担当していました。
世界数十か国から科学者やエンジニアが集まる国際的なプロジェクトです。
日本人エンジニアに対する海外の皆さんの信頼も高く、仕事をするたびに、これまで日本の先輩エンジニアたちが築いてきた信頼の大きさを感じました。
「自分も、その信頼を次の世代につないでいかなければ……」
そんな思いを持ちながら、仕事に励んでいました。
初めて見た、5,000メートルの星空
私がアタカマで初めて、夜の5,000メートル高地に入ったときのことです。
その日は夜遅くまで望遠鏡の修理作業が続いていました。
私は自分の担当部分を終え、相棒に確認しました。
「こちらは終わったけど、そっちはどう?」
すると、
「もう少しかかるから、車の中でコーヒーでも飲みながら休んでいて」
と言われました。
私は望遠鏡の階段を下りていきました。
ずっとディスプレイやコンピュータを見ながら作業をしていたので、夜空を見ることなど、すっかり忘れていたのです。
そして階段を下り、正面を見た瞬間――。
そこに、今まで見たこともないような星空が広がっていました。
「……すごい」
言葉が出ませんでした。
私は車のボンネットに腰を掛け、しばらく目を閉じました。
そして、もう一度目を開ける。
すると、さっきよりもさらに多くの星が見えてくるような気がしました。
空一面、星、星、星。
これが、世界一の星空と言われるアタカマか。
しばらく、その場から動くことができませんでした。
初めて経験した、夜の5,000メートル高地。
あのときの感激は、今でも忘れられません。
砂漠に生きる動物たち
アタカマは砂漠です。
ところが、そこで暮らしているのは人間だけではありません。
ピューマ、コンドル、ビクーニャ、ビスカーチャ、キツネ、アルパカ。
そして、野生化したドンキーまでいます。
仕事で宿舎へ向かう途中、ビクーニャの群れに出会うこともありました。
砂漠の中を走っていると、突然、動物が現れる。
そんな環境が、私にはとても新鮮でした。
そして、アタカマには数年に一度、砂漠一面が花で覆われることがあります。
乾ききった大地が、一面の花畑に変わる。
「砂漠」という言葉からは想像できない、もう一つのアタカマです。
星空に、すっかり夢中になった
あまりにも星空が素晴らしかったので、私は次第に星空を見ることが楽しみになっていきました。
仕事を終えて宿舎に戻っても、寝る前になると、
「もう一度、星を見に行こう」
と車を走らせる。
砂漠の中へ入り、周囲にピューマがいないことを確認しながら、車を止めて夜空を見上げます。
サザンクロス。
ケンタウルス。
燃えるように輝くイータ・カリーナ。
そして、空から流れ落ちてくるような天の川。
濃紺の夜空に、無数の星がまたたいています。
日本では見ることのできない星空でした。
あの夜は、ちょっと怖かった
そんなある夜のことです。
砂漠の中で星空を眺めていると、遠くに二つの光るものが見えました。
「……目だ!」
ピューマかもしれない。
そう思った瞬間、私は慌てて車の中へ飛び込みました。
恐る恐るライトをつけて確認してみると――。
ピューマではありませんでした。
ドンキーでした。
思わず笑ってしまいましたが、あの暗闇の中で突然二つの目が光ったときは、本当に驚きました。
アタカマから日本へ
アタカマに滞在していたころ、私は日本で毎月1時間のテレビ番組にも出演していました。
現地の様子を日本の皆さんにも伝えたい。
そう思い、ディレクターの方から、
「ビクーニャの写真だけではなく、動画も送ってください」
と頼まれ、動物たちの映像を撮って送りました。
ビクーニャだけではありません。
ビスカーチャ、ドンキー。
砂漠の風景。
休み時間を利用して砂漠の中をドライブし、アタカマ高地らしい風景を撮影することもありました。
飛行機から見た大地の映像も送りました。
そして、その映像の解説は私自身の声で収録しました。
日本人学校の生徒さんたちにも番組への協力をお願いすると、皆さん快く引き受けてくださり、いろいろなコメントを送ってくださいました。
海外のエンジニアの皆さんにも協力していただき、インタビューにも答えてもらいました。
そうして日本へ送った映像や音声が番組になり、関係者の皆さんから、
「とても評判が良かったですよ」
と言っていただいたときは、本当に嬉しかったものです。
地球の裏側にいても、日本とつながっている。
そんな不思議な感覚もありました。
日本から来た取材陣を5,000メートルへ
アタカマには、日本から取材陣が訪れることもありました。
現地での対応も、私たちの仕事の一つでした。
チリの方の運転は、日本人には少し荒く感じられることもあり、日本人の案内役を希望されることがありました。
東京から大きなチームが来ているとき以外は、1~2人ほどの取材陣を私が5,000メートル高地へ案内することもありました。
出発前には必ず、
「5,000メートルでは空気が平地の半分くらいしかありません。高地では走ったり、急に動いたりしないでください」
とお願いしました。
ところが――。
いざ星空の下に出ると、ほとんどの皆さんが大興奮。
走り回ります。
そして帰りの車に乗った途端、ぐっすり眠ってしまう。
それほど、あの星空には人を夢中にさせる力がありました。
サンペドロ・デ・アタカマ
アタカマに滞在している間は、4~5日に一度くらい、地域唯一の町ともいえるサンペドロ・デ・アタカマへ出かけ、食事会を開きました。
砂漠の中で食べるステーキ。
そしてチリワイン。
これが、また実に美味しい。
5,000メートルの厳しい環境で仕事をしているからこそ、こうした時間が一層楽しく感じられました。
仕事仲間と食卓を囲みながら、世界各国のエンジニアたちと語り合う。
これもアタカマでの大切な思い出の一つです。
地球の裏側で感じた、日本の力
アタカマには、世界数十か国から科学者やエンジニアが集まっていました。
国籍も、専門分野も違います。
それでも、同じ望遠鏡を動かし、同じ目標に向かって仕事をする。
その中で私は、日本のエンジニアに対する信頼を何度も感じました。
それは、私一人の力ではありません。
これまで世界の現場で努力してきた日本の先輩エンジニアの皆さんが、長い年月をかけて築いてきたものです。
私はその背中を見ながら、
「先輩たちが築いた信頼を、今度は自分が後輩たちへつないでいこう」
と思っていました。
地球の裏側にいても、日本のエンジニアとして仕事をする。
そのことを誇りに感じた日々でもありました。
もう一度、あの大地へ
アタカマ砂漠を離れてから、もう長い年月が過ぎました。
それでも、ときどき思います。
もう一度、あの場所へ行ってみたい。
あの動物たちに会いたい。
あの赤茶けた大地を、もう一度歩いてみたい。
そして夜になったら、5,000メートルの高地から空を見上げたい。
サザンクロス。
ケンタウルス。
イータ・カリーナ。
そして、流れ落ちるような天の川。
天の川の外に見える大小マゼラン。
あのとき見た、信じられないほどの星空。
もしもう一度あの場所へ行くことができたなら、私はきっと、しばらく何も言わずに空を見上げるでしょう。
そして、あの日と同じように思うのかもしれません。
「アタカマの星空は、世界一だ」
乾ききった大地と、そこに生きるたくさんの命。
そして、濃紺の夜空に広がる無数の星々。
私にとってアタカマ砂漠は、単なる仕事の場所ではありません。
地球の大きさを感じ、
人間の挑戦する力を感じ、
そして宇宙の壮大さに出会った場所です。
いつかまた――。
アタカマ砂漠へ。
(写真提供:ESO)
このブログのようなイメージで「アタカマ砂漠」と言う曲を作りました。
興味のある方は聴いて下さい!
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宮川広先生、素晴らしい「アタカマ砂漠」の歌とメロディ、そしてエッセイ、心に響きました。とてもとてもドキドキするほどに聴き感銘を受けました。音楽はまさに南米アンデスのリズムで、楽器にオカリナでしょうか、大変心地よく聴こえてきます。先生がチリの5000mの高地・アタカマで国際的なお仕事をされた話、とても興奮しながら読みました。アタカマ砂漠が赤茶けた色であることを聞き、凄く魅力的な土地だとすぐに感じました。私は小学生の頃に映画でアフリカ砂漠の土の色が赤茶けていて、そのベンガラ色合いにずっと憧れ惹かれてきました。その色がアタカマ砂漠にあるのだと思うと興奮します。アタカマ砂漠の夕暮れの色合いや太陽が上がってくる風景や落ちていく風景が目に浮かびます。5000mの高地での星ぞら、先生の文章から凄いことが伝わってきました。この感動を伝えてくれてありがとうございます。何年か前に屋久島の山の上での夜景を見たことがあり、北斗七星のななつ星の大きさが一等星並みに大きく光り輝いていたので、山の上で眺める星空は如何なものかと思い、岐阜県の西穂高や立山のホテルを訪れたことがありますが、立山のホテルはなかなか空きがなく今だに実現しておりません。しかし今回、先生の高知での星空の輝きの話を聞き、一度は見てみたいと夢を持つことができました。大変幸せな気分になりました。アタカマ砂漠には多くのいきものが生息し息づいていることもまた刺激的な話でした。高地のいきものたちは、皆のんびりしたお顔をしていることもまた不思議な気がしました。数年に一度お花畑があらわれる話、りゅうこつ座のイータ・カリーナ星雲の話、天の川の外に大小のマゼラン星雲が見える話、本当に興奮しました。昔、NHK放送で、ナスカの地上絵という番組が放映され興奮したことを思い出しました。その中でインカ帝国の一つである、名前は忘れましたが、文明都市の絵に、スバルとサソリの絵があり、その関係が丁度ラインを結ぶように正反対の位置にあることを伝えており、そのラインに沿って水路が作られている、という話だったように思います(記憶が曖昧)。私はそれからスバルが出てくる時には必ず後ろは振り返り見るようにしておりますが、決まってサソリ座のアンタレスが沈もうとしている風景を確認しております。まさにインカ文明の古い人たちの星座をみているのと同じなんだ、と心強く感じながら星座を眺めています。今回は音楽もストーリーも全てが新鮮で心が晴れ渡っていくような心持ちになり大変幸せを貰いました。本当にありがとうございました。
返信削除誤字がありました。先生の高知での話を聞き → 高地 、岐阜県の西穂高と立山 → 岐阜県の西穂高と富山県の立山
返信削除心のこもった、とても嬉しいコメントをありがとうございます。
削除アタカマ砂漠の歌とエッセイから、南米アンデスの空気や、5,000m高地の星空まで感じ取っていただけたこと、本当に嬉しく思います。
特に、5,000mの星空の話に共感していただき嬉しいです。あの夜、望遠鏡の修理を終えて階段を下りたとき、突然目の前に広がった満天の星空は、今でも忘れることができません。あまりの美しさに、しばらく動けず見入ってしまいました。
屋久島や西穂高、そして富山県の立山で星空をご覧になったお話も、とても興味深く拝見しました。標高が上がるほど星空はどんどん変わって見えます。ぜひいつか、アタカマのような高地の星空も実際に見ていただきたいですね。きっと忘れられない夜になると思います。
そして、スバルを見たときに振り返ってアンタレスを見るというお話、とても素敵ですね。昔の人々も、私たちと同じ星空を見上げながら、星と星を結び、そこから暮らしや文明を築いていったのだと思うと、星空を見る楽しみがさらに深くなります。
アタカマには、満天の星空だけでなく、ピューマやコンドル、ビクーニャ、ビスカーチャ、ドンキーなど、厳しい砂漠の環境で生きるたくさんの命があります。そして、数年に一度、砂漠が一面の花畑に変わることもあります。
地球には、まだまだ私たちが知らない驚きと感動がたくさんあります。
今回の「アタカマ砂漠」を通して、少しでもその感動を共有していただけたのであれば、私にとってこれほど嬉しいことはありません。
こちらこそ、素敵なコメントをありがとうございました。
そして、いつかぜひ、高地の満天の星空を見上げてみてください。