光の中で宇宙を語る
光の中で宇宙を語る ― 宇宙を伝えることが、いつの間にか私の人生になっていた ― 二千年が輝きだしたころ。 私は首都の大きなステージに立ち、たくさんの人たちを前に宇宙を語っていました。 宇宙エンジニアとして仕事をしてきた私にとって、宇宙について話すことは、最初から目指していた道ではありませんでした。 ところが、その講演会がきっかけとなり、故郷のテレビに映るようになりました。 「宇宙を伝えるエンジニア」 そんな新しい道が、そこから始まったのです。 ある講演会の帰り道、テレビ局のスタッフの方から、こんな言葉をいただきました。 「こんなに宇宙を生きてきた人は、山梨にはいない。ヒーローさ」 思いがけない一言でした。 そして、その一言から、テレビで宇宙を語る日々が始まりました。 テレビ番組を作るために、JAXA、国立天文台、極地研究所、科学館、そして宇宙メーカーなど、さまざまな場所を訪ね、取材させて頂きました。 宇宙の最前線で働く人たちに話を聞き、最新の宇宙情報を集め、それをできるだけ分かりやすく、身近な言葉で伝える。 それが私の仕事のもう一つの大切な役割になっていきました。 番組では、原案づくり、司会、解説、そして写真や動画の使用許可、さらには監修まで。 いろいろなテレビ局で、たくさんの宇宙番組に関わってきました。 テーマも、ビッグバンからブラックホール、スペースシャトル、国際宇宙ステーション、「はやぶさ」と「はやぶさ2」小惑星探査機、スーパーカミオカンデ、日本の宇宙メーカー、海外の宇宙メーカー、ハッブル宇宙望遠鏡、ジェームズ・ウェブ宇宙望遠鏡、すばる望遠鏡、アルマ電波望遠鏡、そして月面開発などなど。 宇宙の話は、どこまでも広がっていきます。 そして、テレビだけではありません。 学校や科学館、地域の講演会などで、たくさんの子どもたちと出会ってきました。 講演が終わったあと、 「宇宙の話、おもしろかった!」 「また宇宙の話をしてね!」 そんな声をかけてもらうことがあります。 その笑顔を見るたびに、 「ああ、宇宙を伝えてきてよかった」 そう思います。 宇宙は、遠い世界の話ではありません。 夜空を見上げれば、誰の頭上にも宇宙があります。 そして、その宇宙を知ることは、私たちが暮らす地球を見つめ直すことにもつながります。 振り返ってみると、私は長い間、宇宙エンジニアとして...