ゆういちくん
「ゆういちくん」
子どもの頃の記憶というのは、不思議なものです。
何十年も前の出来事なのに、ふとした瞬間に、当時の光景がよみがえってくることがあります。
友達と遊んだこと。
学校からの帰り道。
友達の家に遊びに行ったこと。
その一つひとつは、当時の自分にとっては、ごく普通の日常でした。
でも、長い年月が過ぎて振り返ってみると、その何気ない一日が、その後の人生につながる大きな出来事だったことに気づくことがあります。
私にとって、そんな思い出の一つが「ゆういちくん」です。
同い年の幼なじみ
ゆういちくんは、私と同い年の幼なじみ。
私の家から五分ほどのところにある、天ぷら屋さんの息子でした。
小学校の頃、よく一緒に遊んでいました。
ある日の学校の帰り道、ゆういちくんから、
「おれんちへ遊びにこいよ」
と誘われました。
私は、その言葉に誘われるまま、ゆういちくんの家へ遊びに行きました。
それが、私にとって初めてのゆういちくんの家でした。
友達の家で見つけたもの
家の中に入って、部屋を見せてもらいました。
小さな部屋でしたが、お兄ちゃんと一緒の部屋。
当時の私は自分の部屋がありませんでしたから、
「自分の部屋があるっていいなあ」
と、ちょっとうらやましく思ったことを覚えています。
ところが、部屋を見回しているうちに、別のものが目に入りました。
棚に、雑誌やマンガがたくさん並んでいたのです。
そして、さらに驚いたことがありました。
なんと、そのほとんどが宇宙に関する本だったのです。
私は宇宙の本がそんなにたくさん並んでいることに驚きました。
「見てもいい?」
そう聞くと、
「どれでもいいよ。自由にとって見て」
と、ゆういちくん。
私は棚から一冊の宇宙の雑誌を手に取りました。
ページを開くと、そこには、今まで知らなかった世界が広がっていました。
星。
惑星。
銀河。
そして、果てしなく広がる宇宙。
ページをめくるたびに、知らない世界が次々と現れてきます。
「家に持っていきな」
読み始めると、止まらなくなりました。
雑誌を読み、マンガを読み、また別の本を手に取る。
子どもだった私は、夢中になって宇宙の世界に入り込んでいきました。
そんな私を見ていたゆういちくんが、
「家に持っていきな。貸してあげるよ」
と、笑って言ってくれました。
今考えると、本当に何気ない一言です。
ゆういちくんにとっては、家にある本を友達に貸しただけのことだったのでしょう。
本人は、まさかその出来事が、友達の人生に大きな影響を与えることになるとは、思ってもいなかったはずです。
でも、私にとっては違いました。
この日をきっかけに、ゆういちくんと宇宙の話をするようになりました。
そして、本を借りては読む。
また借りては読む。
そんな日々が続きました。
いつの間にか、私は宇宙の世界に夢中になっていました。
人生の入口は、案外小さなもの
今、大人になった私は、宇宙エンジニアとして仕事をし、宇宙に関わるさまざまなプロジェクトに携わってきました。
そして現在は、テレビやラジオ、講演会などを通して、子どもたちから大人まで、多くの皆さんに宇宙の話をしています。
これまで、たくさんの人に宇宙の魅力を伝えてきました。
でも、その原点をたどっていくと、小学生の頃の一つの出来事に行き着きます。
友達の家に遊びに行った。
そこで宇宙の本を見つけた。
そして、その本を借りて帰った。
たったそれだけの出来事です。
人生を変えるような出来事というと、何か大きな事件や特別な体験を想像するかもしれません。
しかし、私の場合は、そうではありませんでした。
友達の家の棚に並んでいた宇宙の本。
それが、私にとって宇宙への入り口だったのです。
あの日から、ずっと続いている
あれから長い年月が流れました。
子どもの頃に読んだ宇宙の本から始まった興味は、その後、宇宙エンジニアという仕事につながりました。
仕事を通して宇宙に関わり、人工衛星や宇宙開発の現場に携わり、たくさんの人たちと宇宙の仕事をしてきました。
そして今度は、自分が宇宙の話を伝える側になりました。
テレビ番組で宇宙を語ったり、ラジオで宇宙の話をしたり、学校や科学館などで子どもたちに宇宙の話をしたり。
そうしていると、ときどき思うのです。
もし、あの日、ゆういちくんに、
「おれんちへ遊びにこいよ」
と言われていなかったら。
もし、あの日、あの棚に宇宙の本が並んでいなかったら。
もし、「家に持っていきな」と本を貸してくれていなかったら。
今の私は、どんな人生を歩んでいたのでしょう。
もちろん、そんなことは誰にも分かりません。
でも、人生には、そういう小さな「きっかけ」があるのだと思います。
ゆういちくんは知らないかもしれない
ゆういちくん本人は、きっと覚えていないかもしれません。
いや、覚えていたとしても、あの日の出来事を、私ほど大きなことだとは思っていないでしょう。
それは当然のことです。
ゆういちくんにとっては、仲の良い友達に本を貸しただけ。
でも、私にとっては、その本のページを開いた瞬間から、知らなかった宇宙の世界が広がっていきました。
そして、その世界に魅せられたまま、数十年が過ぎました。
今でも宇宙の話をしている自分を見ると、あの日のことを思い出します。
小学校からの帰り道。
「おれんちへ遊びにこいよ」
という、幼なじみの何気ない一言。
そして、棚いっぱいに並んでいた宇宙の本。
人生というのは、本当に不思議です。
あの日の「ありがとう」
宇宙を見上げると、いつも思います。
宇宙はあまりにも広く、私たちの人生は、その中ではほんの小さなものです。
でも、その小さな人生の中には、忘れられない出会いがあります。
そして、その出会いが、その後の人生を思いもよらない方向へ導いてくれることがあります。
私にとって、ゆういちくんとの出会いは、そんな大切な出来事でした。
今、宇宙の話をするたびに、あの日のことを思い出します。
あの頃の自分は、まさか将来、自分が宇宙の仕事をすることになるとは、もちろん知りませんでした。
まして、テレビやラジオで宇宙の話をするようになるなんて、想像もしていませんでした。
ただ一冊の本を開いて、
「宇宙って、おもしろいな」
と思った。
そこから、私の宇宙への旅が始まったのです。
ゆういちくん。
あの日、宇宙への扉を開いてくれて、
ありがとう。
本人は、きっと気づいていないでしょうけれど。
追記:
今回も、そんな思い出を曲「ゆういちくん」として作りました。
お楽しみ下さい😊!


宮川広先生、「ゆういちくん」のはなしと歌をありがとうございます。いつまでも先生の心の片隅には「ゆういちくん」との幼い頃の出来事が宝箱に大事にしまってあったんですね。宮川先生の原点がその大事な宝箱にあることを知り此方も嬉しくなる次第です。何気ない「ゆういちくん」とのやりとりの会話、「おれんち遊びに来いよ」「家に持っていきな」「貸してあげるよ」・・・それこそが宝なんですね。はなしのなかに出てくる言葉で、「天ぷら屋さん」「お兄さんと一緒の部屋」には生活感が滲み出ています。毎日時間に追われる日々の中で、生活している実感として、「お豆腐屋さん」「カレー屋さん」「畳屋さん」とかとても生活・暮らしの臭いがプンプンしていて生きている実感も湧いてきます。また宮川先生が自分の部屋がないので「ちょっと羨ましい」と感じた心が、あっという間に宇宙に関する雑誌や漫画で吹っ飛んだこと、興味や関心など好奇心旺盛で好きなことがあれば「羨ましい」と思う心は吹っ飛んでいくんですね。そんな宮川先生のおおらかな心も歌から聞き取れました。「ゆういちくん」との出来事で、宇宙のこと、星座や銀河のこと、知らないこと世界に感嘆の声を挙げ「おもしろいな」と思い、その時からエンジニアへの憧れや実際にエンジニアとして国際的にも活躍し有名になり、宇宙の話が始まったんだことを知り、心から感動しております。先生にとって「ゆういちくん」は大切な恩人なんですね。子供らには小さなことでも大事に声掛けや話し掛けしてくことが大変重要なことだと思い、シルバーウィークの今日、思いを新たにしました。ありがとうございます。
返信削除おはようございます!心のこもった、そして丁寧なコメントをありがとうございます。
削除「ゆういちくんとの思い出が宝箱にしまってあった」という表現、とても嬉しく拝見しました。まさに、長い間忘れることなく心の片隅に残っていた大切な思い出だったのだと思います。
「おれんち遊びに来いよ」
「家に持っていきな」
「貸してあげるよ」
今振り返ってみると、何気ない子ども同士の会話ですが、私にとっては、その言葉が宇宙への扉を開いてくれた大きな出来事でした。
「天ぷら屋さん」「お兄さんと一緒の部屋」といったところまで感じ取っていただき、驚きました。あの頃は、それが当たり前の子どもの日常でしたが、今思えば、そうした暮らしの中にこそ、忘れられない思い出が詰まっていたのですね。
そして、「自分の部屋がなくてちょっと羨ましかった」という気持ちが、宇宙の本や漫画を見た瞬間に吹き飛んだことにも気づいていただき、嬉しくなりました。好きなもの、夢中になれるものに出会うと、人の心は本当に変わるものですね。
今回、「ゆういちくん」のことを書いたことで、私自身も幼い頃の自分をもう一度振り返ることができました。
そして、コメントを拝見しながら、子どもたちへの何気ない声掛けや「一緒に見てみよう」という一言が、その子の人生のどこかで大きな意味を持つことがあるのだと、改めて感じました。
ゆういちくん本人は、あの日の出来事が私の人生につながったことを、きっと知らないでしょう。
だからこそ、今あらためて言いたいです。
「ゆういちくん、あの日は本当にありがとう。」
素敵なコメントをいただき、私のほうこそ大切なことを思い出させていただきました。ありがとうございました。😊